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福岡地方裁判所小倉支部 昭和52年(ワ)994号 判決

原告 岩城信義

〈ほか五名〉

右原告ら訴訟代理人弁護士 前野宗俊

同 安部千春

同 池永満

同 岡田基志

同 神本博志

同 中山敬三

同 中尾晴一

同 三浦久

同 吉野高幸

右原告ら(但し、那須、畠山を除く。)訴訟代理人弁護士 河野善一郎

同 塘岡琢磨

同 髙木健康

右原告ら訴訟復代理人弁護士 田邊匡彦

同 配川寿好

被告 福岡県

右代表者知事 奥田八二

右訴訟代理人弁護士 前田利明

同 森竹彦

右指定代理人 井上公明

〈ほか二名〉

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、各原告に対し、それぞれ、金五〇万円及びこれに対する原告岩城信義、同李泰植、同岩川洌及び同田籠久也についてはいずれも昭和五二年一二月二八日から、原告那須吉雄及び同畠山征男についてはいずれも昭和五三年四月一六日から、それぞれ支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告らは、いずれもタクシー運転手であり、2項記載の日時、場所において、タクシーを運転して業務中のところ、道路交通法違反を理由として検挙され、同項の態様欄記載のとおり、いずれもそのころ右場所付近で、福岡県警察所属の警察官により、同項の被疑事実欄記載の被疑事実で現行犯逮捕されたものである。

(二) 被告は、福岡県警察所属警察官をその職員(公務員)として雇用する普通地方公共団体であって、国家賠償法一条により、右警察官らによる不法行為につき、損害賠償の責任を有するものである。

2  原告らの逮捕状況

(一) 原告岩城信義(以下「原告岩城」という。)

勤務会社 七福タクシー(逮捕当時は紫苑タクシー)

日時 昭和五一年一二月九日午後三時ころ

場所 北九州市小倉北区末広二丁目三―三博運社前路上

被疑事実 速度違反(一五キロメートルオーバー)

態様 警察官の停止の合図に従って停車したところ、免許証を見せるよう要求されたので、すぐに免許証を手渡し降車した。すると警察官は、スピード違反だから速度記録紙を確認するよう要求した。原告岩城は、「スピード違反をした覚えはないので確認する必要はない。」とこれを拒否して一旦乗車し、再び「免許証を返せ。」といって降車したところ、三人の警察官がいきなり同人をとりかこみ、「逮捕だ。」と言って手錠をかけ、小倉北警察署に連行した。即ち、同原告は、警察官の誘導に従って停車、免許証の提示、降車しており、当初より逃亡の素振りは全くみせていないのに逮捕された。

(二) 原告李泰植(以下「原告李」という。)

勤務会社 なし(逮捕当時は合同タクシー)

日時 昭和五二年九月三〇日午後二時二〇分ころ

場所 北九州市小倉北区湯川五町陸橋付近路上

被疑事実 速度違反(一一キロメートルオーバー)

態様 前記日時に、前記場所を客を乗せて走行中、警察官に停止を命ぜられ、道路わきのマイクロバスに呼ばれた。同車の中で、免許証提示を求められたので、「私の言い分を聞いて下さい。」といったところ、更に速度記録紙及びハガキ大の紙を示し「署名しろ。」と通告された。「まって下さい。言い分を聞いて下さい。」と言ったが、「最終宣告をする。署名をするのかしないのか。」と述べるだけで、周りにいた四名位の警察官が「逮捕しようや、逮捕しようや。」と言うので恐ろしくなり、「免許証も見せます。署名もします。」と言い、免許証を提示したが、「やかましい。」といって手錠をはめ、小倉北署に連行された。即ち、逃亡の気持ちは全くなく、速度記録紙の確認及びハガキ大の紙への署名を拒否したにすぎず、他の指示には従っているのに逮捕された。

(三) 原告岩川洌(以下「原告岩川」という。)

勤務会社 みどりタクシー

日時 昭和五二年一一月四日午後八時三〇分ころ

場所 北九州市小倉北区貴船一丁目白銀町派出所内

被疑事実 速度違反(一六キロメートルオーバー)

態様 原告岩川が小倉北区富野から八幡東区祇園原町に向け国道3号線を走行中、小倉北区白銀一丁目三―八白銀町西鉄バス停前路上で庄野孝嗣巡査から速度違反の嫌疑で停止させられ、白銀町派出所内で取り調べを受けていたとき、一〇キロオーバーということに対して、原告岩川が、「そんなに出していないと思う。」と言ったところ、庄野巡査は「レーダーを見ろ。」「免許証を提示しないのなら逮捕する。」などとくり返し、原告岩川が、「逮捕するならしてみろ。」と応答するや庄野巡査は「このやろう横着な。」と言いながら、原告岩川に手錠をかけて逮捕した。

(四) 原告田籠久也(以下「原告田籠」という。)

勤務会社 三和タクシー

日時 昭和五二年九月三〇日午前一一時ころ

場所 北九州市戸畑区夜宮バス停より戸畑高校グラウンド付近路上

被疑事実 速度違反(一六キロメートルオーバー)

態様 前記日時に、前記場所を走行中、警察官に停止を命ぜられ、「スピード違反なので免許証を持っておりてこい。」「レーダーの測定機を確認せよ。」と言われ、免許証は警察官に手渡したが、「スピード違反はしていないので、メーター確認はしない。」と言うと、「家族は何人か。」と質問され「本件とは関係ない。」と応えたところ、「現行犯逮捕をする。」と言つて突然逮捕され、戸畑署に連行された。

(五) 原告那須吉雄(以下「原告那須」という。)

勤務会社 三和タクシー

日時 昭和五二年六月六日午前九時三〇分ころ

場所 北九州市小倉北区大門小倉労働会館前

被疑事実 速度違反(一三キロメートルオーバー)

態様 前記日時に、前記場所を通過中、警察官に停車を命ぜられ、停車する。乗客三名を乗せていたので、後で来ると告げたところ、逮捕され、小倉北署に連行された。

(六) 原告畠山征雄(以下「原告畠山」という。)

勤務会社 三和タクシー

日時 昭和五一年二月六日午後二時五八分ころ

場所 北九州市小倉北区小倉球場前

被疑事実 速度違反(一一キロメートルオーバー)

態様 前記日時、前記場所を乗客を乗せて走行中、警察官に停止を求められ、小倉球場正門付近の駐車場内に誘導され、その際「メーターの確認をせよ。」と言われた。乗客が「急いで市立病院に行く必要があるので後にしてくれ。」と頼むので、その旨告げると、「メーター確認しないと後ができない。」と怒鳴り出し、ドアーを開けて外に引っぱり出し、いきなり手錠をかけ、逮捕し、警察署に連行された。即ち、停止及び誘導の合図に従って駐車場内に入ったもので、車の側に警察官が三人おり、近くにパトロールカーが止っている様な状況のもとで、逃走の意思もなく、その素振りも示していないのに逮捕された。

3  本件各逮捕の不法行為性

(一) 本件各逮捕は、いずれも「逮捕の必要性」を欠くもので、不法行為である。

(1) 一般に、逮捕にあっては「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」―「逮捕の理由」と、「罪証隠滅又は逃亡のおそれ」―「逮捕の必要性」が存在することが重要な要件であることはいうまでもない。

そして逮捕が、とりわけ人の自由を拘束し、重大な苦痛を与えることに鑑みれば、憲法三三条に規定する令状主義の例外である現行犯逮捕においても同様に解すべきである。

また、現行犯が憲法の令状主義の唯一の例外として認められた理由は、現行犯が一般に急速の処理を要する事態であり、犯人であることが明白で過誤を生じるおそれがないという点にある。したがって現行犯人を逮捕と結びつけるときは、緊急性と同時に逮捕者に犯罪の嫌疑と現行性が明白であることを要するのであって、緊急性の面からすれば、直ちに逮捕しなければ逃亡又は罪証隠滅のおそれがあるものということができ、現行犯逮捕の概念には、本来的に逮捕の必要性が包摂されており、刑事訴訟規則一四三条の三のような規定はないが、逮捕の必要性は当然にその前提条件となっていると解すべきである。

さらに、交通事件の特殊性から逮捕の必要性の要否を考えてみても、この問題処理のための犯罪捜査規範二一六条には、「交通法令違反事件の捜査を行うに当っては、事実の特性にかんがみ犯罪事実を現認した場合であっても、逃亡その他の特別の事情がある場合のほか、被告人の逮捕を行なわないようにしなければならない」と規定されており、現行犯逮捕にあっては、現行犯逮捕の必要性を要件としていることを示している。

以上のとおり、現行犯逮捕にも「逮捕の必要性」がその要件となると解するべきである。

(2) 原告らに当する本件各逮捕行為時に逮捕の必要性が存したか検討する。

(イ) 原告らの被疑事実は、いずれも道路交通法一一八条一項二号、二二条一項、同法施行令一条の二第一項に違反する速度違反行為であり、原告らの速度違反の事実は原告らの態度にかかわらず、レーダー記録とか居合わせた警察官の現認目撃証言により殆んどの場合、証拠固めのできるものである。したがって、仮りに本件原告らにおいて速度違反の事実を争い、レーダーの記録紙の確認を拒否したとしてもその罪証を隠滅しうるものではない。

(ロ) そこで、本件の原告らにおいて、逮捕の必要性の有無が問題となるとすれば、逃亡のおそれの有無であるが、この点についても原告らの氏名、職業、勤務先は、原告らの乗車していた車輛に表示してあるタクシー会社の名前や、車輛内に設置されてある乗務員証により容易に明らかにしうるだけでなく、前記のとおり、原告ら自ら免許証を提示しているのであるから、氏名や住所は直ちに明らかにしえたはずである。

したがって、逃亡のおそれも認めがたいのであるが、各原告について一応逃亡のおそれについて述べることにする。

(ハ) 原告岩城について

原告岩城は、前記2(一)記載のとおり、警察官の指示に従って免許証を渡し、降車しているにもかかわらず、速度記録紙を確認することを拒否するや、そのことを主たる理由にして逮捕されているのであって、記録紙の確認を拒否されたとしても、免許証の提示をしている限り、警察官には、原告岩城の住所・氏名は容易に確認できるものであるから、そのことをもって逃亡のおそれありとは到底認め難いといわざるをえない。

(ニ) 原告李について

原告李は、前記2(二)記載のとおり、警察官に記録紙の確認を求められたが、違反の認識を欠いていたので確認を拒否し、「俺の言い分を聞いてくれ。」と要求したところ、警察官は原告李のこうした態度をみて逮捕する旨言い逮捕したものである。即ち、警察官において逮捕の意思を通告する前に原告李において逃走しようとした形跡は全く存しないし、マイクロバスの中では原告李の周囲に四人の警察官が取り囲んでいたのであるから、到底立ち去りのできるような状況ではなく、逃亡のおそれは認められなかったのである。

(ホ) 原告岩川について

原告岩川は、前記2(三)記載のとおり、立会警察官から、「免許証を提示しなければ逮捕する。」旨、言われて、これに応じなかったため逮捕されているのであって、警察官は、免許証の提示の有無を逮捕の要件と考えており、逃走のおそれがあったために逮捕したのではない。

(ヘ) 原告田籠について

原告田籠は、前記2(四)記載のとおり、警察官から免許証の提示と速度記録紙の確認を求められ、一旦はこれを拒否したが、その後、運転免許証を任意に提示したところ、さらに、スピードメーターを確認するよう求められ、これを拒否したために逮捕されたものである。即ち、原告田籠において、逃亡しようとした形跡は全くなく、被疑者としての権利である供述拒否権を行使したのみであつて、明らかに逃走のおそれはなかったものである。

(ト) 原告那須について

原告那須は、逮捕当時トイレに隠れていたが、逃走の意思はなかったのであって、その身元は、車輛の表示や乗務員証により容易に判明するものであるから、逃走のおそれはなかったのである。

(チ) 原告畠山について

原告畠山は、前記2(六)記載のとおり、警察官から求められたメーター確認を拒否したところ、いきなりドアを開けて外に引っぱり出されて逮捕されたもので、免許証の提示も求められていないうえに、逃走の意思も素振りも示していないのに逮捕されたのである。

(リ) 以上のとおり、各原告らに対する本件逮捕行為にはいずれも逮捕の必要性を欠いており、違法な行為といわざるをえない。

(二) 本件各逮捕は、いずれも正当な目的がなく、不法な動機に基づく違法な職権濫用行為である。

原告らは、そもそもその義務がない速度記録紙の確認を拒否したことや、被疑者としての正当な権利行使に対して、「否認するなら逮捕する。」等と告げられて逮捕されており、右の如き逮捕は、いずれも捜査上、正当な目的があり、必要不可欠なものとしてなされたものではなく、むしろ捜査上は全く必要がないのに原告らの態度に対する懲罰、威嚇として敢えて逮捕したもので、しかも原告らに与えた損失は大なるものがあるのであるから、本件各逮捕行為は、いずれも職権の正当な行使から著しく逸脱しており、職権濫用の不法行為である。

4  本件各逮捕継続行為(留置)の不法行為性

(一) 原告田籠を除くその余の原告に対する本件各逮捕後の逮捕継続行為(留置)についても、以下に述べるとおり不法行為というべきである。

(二)(1) 原告岩城について

原告岩城は、午後三時過ぎに逮捕され、小倉北警察署に引致されたのは午後三時三〇分ころである。

そして、派出所を通じての身元照会は引致して一時間以内に行ない、会社への電話もし、住所・氏名の確認も午後七時半過ぎに終わっているにもかかわらず、身柄の釈放は翌日午後一時過ぎになされている。

このような状態であれば遅くとも逮捕当日の内に弁解録取書を作成(原告岩城は犯行事実を認めている。)し、身元照会が終わり、住所・氏名の確認が終了しているのであるから、その時点で、明らかに逃亡のおそれ(留置の必要)は消滅していると考えられ、その後も身柄釈放の措置をとらずに翌日まで身柄を拘束した行為は、不法行為といわざるをえない。

(2) 原告李について

原告李は、午後三時ころ逮捕され、午後四時には弁解録取書の作成も終了したが、逮捕当日には身元を確認する手続は何らとられていない。

このように、犯行を認め運転免許証や乗務員証から容易に身元確認ができる状況にあったのに、何らの身元確認手続をとらずに放置し、身柄を翌日まで拘束したことは、警察における逮捕後の措置の怠慢以外の何物でもなく、不法行為といわざるをえない。

(3) 原告岩川について

原告岩川は、午後八時三〇分ころ逮捕され、当日弁解録取書を作成しており、翌日には運転免許証や乗務員証から容易にその身元が確認できる状況にあったのに、何らその確認手続をとらずに放置され、釈放されたのは逮捕の翌々日である。

かかる不必要な身柄の拘束は、警察の怠慢というべきで、不法行為といわざるをえない。

(4) 原告那須について

原告那須は、午前中に逮捕されたのであるから、身元確認手続を迅速に行えば、当日釈放できる状況であったのに、その手続を怠っており、釈放は翌日になされている。

かかる不必要な身柄の拘束は、警察の怠慢というべきで、不法行為といわざるをえない。

(5) 原告畠山について

原告畠山は午後四時ころ引致されたが、その日は前科照会以外の手続は行われていない。運転免許証や乗務員証から身元確認は容易であったのにその手続を行わず、身柄を翌日まで拘束したのは、警察の怠慢というべきで、不法行為といわざるをえない。

5  原告らの損害

(一) 慰謝料      各金四〇万円

原告らは、本件各逮捕及びその後の身柄拘束により、重大な精神的肉体的苦痛をうけただけでなく、社会的名誉も大きく傷つけられ、又、業務上生活上重大な困難を蒙ったいうまでもなく違法な逮捕行為は人身の自由に対する重大な侵害行為であって、右行為によって蒙った苦痛を慰謝するには、少なくとも各金四〇万円の金員をもってするのが相当である。

(二) 弁護士費用    各金一〇万円

原告らは、各自、本件訴訟の提起追行を原告ら代理人に委任し、報酬として各自金一〇万円を支払う旨約した。

6  よって、原告らは、それぞれ被告に対し、福岡県警察所属の警察官がその職務を行うにつきなした不法行為の損害賠償として、各金五〇万円及びこれに対する原告岩城、同李、同岩川及び同田籠については、いずれも訴状送達の日の翌日である昭和五二年一二月二八日から、原告那須及び同畠山については、いずれも同じく訴状送達の日の翌日である昭和五三年四月一六日から、それぞれ支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1(一)  請求原因1項(一)のうち、原告らが、タクシー運転手であり、その業務中のところ、道路交通法違反を理由として検挙され、福岡県警察所属の警察官により現行犯逮捕されたことは認めるが、その余は否認する。

(二) 同1項(二)のうち、被告が福岡県警察所属の警察官をその職員として雇用する普通地方公共団体であることは認めるが、その余は争う。

2(一)  請求原因2項(一)ないし(六)のうち、原告らの各勤務会社及び各被疑事実の記載は認めるが、その余はいずれも否認ないし争う。

原告らが現行犯逮捕されるに至った経緯及び具体的な被疑事実は以下のとおりである。

(二) 原告岩城

(1) 被疑事実

昭和五一年一二月九日午後二時五八分ころ、北九州市小倉北区末広二丁目三番三号博運社前付近道路において、福岡県公安委員会が道路標識によって最高速度を四〇キロメートル毎時と定めた右最高速度をこえる五五キロメートル毎時の速度で普通乗用自動車(北九州五五あ六四六八号)を運転したものである。

(2) 逮捕に至る経緯

巡査部長篠原正博(以下「篠原部長」という。)らが、前記日時、場所において速度違反取締中、原告岩城に対し、前記速度違反の容疑で停車を求めたところ、同原告は停車したので、篠原部長は、同原告に速度違反の旨を告げ、免許証の提示と速度記録紙の確認を求めた。

すると車中から免許証を差し出したので、記録紙を確認するよう、更に求めたところ、同原告は下車はしたものの、「俺は速度違反なんかしとらん。」などと大声でどなって記録紙確認をしなかった。そこで、篠原部長らが、再三にわたり説得中、同原告は、「俺は速度違反なんかせん。速度違反なんかするような男やない。」と怒鳴り、「ちょっと待っとけ。」と言って、一旦乗車し、再び下車して、「免許証を返せ。おれ帰る。」と言って、篠原部長が左手に持っていた免許証(説得中で、篠原部長が未だ免許証の記載事項を見る余裕もなかったのに)をとりかえそうとしたが、同部長が反射的に手を引いたので、とりかえせず、直ぐ「免許証はいらん、俺は免許証は、なんぼでも作りきる。帰る。」と再び車に乗りこんで、発車させるような動作をしたので、篠原部長は同原告を逮捕したものである。

(三) 原告李

(1) 被疑事実

昭和五二年九月三〇日午後二時四一分ころ、福岡県公安委員会が道路標識によって最高速度を四〇キロメートル毎時と定めた北九州市小倉北区霧ヶ丘三丁目一七番六号有満タイヤ前道路において、右最高速度をこえる五一キロメートル毎時の速度で、普通乗用自動車(北九州五五あ四九〇三号)を運転したものである。

(2) 逮捕に至る経緯

巡査部長満石健一(以下「満石部長」という。)らが、前記日時、場所において、違反取締中、原告李に対し、前記速度違反の容疑で、停車を求め、速度違反記録紙を見せて説明するため、マイクロバスの中に案内したところ、同原告はバスに乗り込むと同時に、大声で「俺は違反していない。なにも認めん。」と怒鳴り、他の警察官らの説明や質問に対しても「説明も聞かん。名前も言わん。住所も言わん。免許証なら、俺の家に取りに来い。俺は全然違反していない。」等と言って、全然受け付けないので、満石部長が、「逮捕する。」と言ったら、同原告は立ち上がって、車外に出ようとしたので、満石部長は同原告を押さえて、座席に押戻して、逮捕した。

逮捕された後、同原告は「見せりゃ、よかろうが。」と言って、上衣の内ポケットから、免許証を取り出した。

(四) 原告岩川

(1) 被疑事実

昭和五二年一一月四日午後八時三五分ころ、福岡県公安委員会が道路標識によって最高速度を四〇キロメートル毎時と定めた北九州市小倉北区白銀一丁目三番八号白銀町西鉄バス停留所前付近道路において、右最高速度をこえる五六キロメートル毎時の速度で普通乗用自動車(北九州五五あ九五六七号)を運転したものである。

(2) 逮捕に至る経緯

司法巡査庄野孝嗣(以下「庄野巡査」という。)らが、前記日時、場所付近で速度違反取締り中、原告岩川に対し前記速度違反の容疑で停車を求めたところ、同原告は停車したので、同原告に速度違反の旨を告げて降車を求め、白銀派出所に案内し、岩崎巡査が免許証の提示や、速度記録紙の確認を求めたが、同原告は興奮していて、「免許証は見せない。違反はしていない。記録紙の確認はしない。」と言い張っていた。

当時、派出所の外にいて、前記問答を聞いていた庄野巡査は、同原告の興奮をおさめるため、同原告を派出所の外に連れ出し、免許証の提示や、記録紙の確認等について、二、三分間、説明し、説得したが、同原告は興奮していて、「免許証は見せない。違反はしていない。記録紙の確認はしない。」と言い張っていた。

再び、同原告を派出所内に入れ、岩崎巡査が、再び免許証の提示を求め、測定機械の説明をしたが、同原告は「なんか。勝手にせい。」といって、財布様のものを投げ出した。庄野巡査は、さらに、免許証を見せよと言ったが、同原告は派出所から立ち去ろうとした。

そこで、庄野巡査は逮捕すると言って同原告を逮捕した。

(五) 原告田籠

(1) 被疑事実

昭和五二年九月三〇日午前一一時四二分ころ、福岡県公安委員会が道路標識によって最高速度を三〇キロメートル毎時と定めた北九州市戸畑区夜宮三丁目九番前路上において、右制限速度をこえる四六キロメートル毎時の速度で普通乗用自動車(北九州五五あ六七七五号)を運転したものである。

(2) 逮捕に至る経緯

警部補大塚健三(以下「大塚警部補」という。)らが、前記日時、場所において、速度違反取締中、原告田籠に対し、前記速度違反の容疑で停車を求めたところ同原告が停車した。川江巡査が近付き、「一六キロメートルのスピードオーバーだから、速度機械を見てくれ、免許証を見せてくれ、氏名はなにか。」等と話しかけたが、同原告は下車したものの、その場で突っ立って川江巡査の顔も見ようともせず、そっぽを向き、両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、終始無言で川江巡査の説得に全く耳をかそうとする様子がなかった。

その状況を約一〇メートル離れた地点で見ていた大塚警部補は、記録紙を持って近付く途中、川江巡査からの逮捕の指揮をもとめる合図があったのでこれに答える合図をし、よって川江巡査は同原告に対し逮捕の旨を告げ逮捕した。

同原告は、びっくりした様子で、大塚警部補に対し、「なんで、逮捕しないといかんのか。」と言って、免許証を提出した。

(六) 原告那須

(1) 被疑事実

(イ) 昭和五二年六月六日午前九時三六分ころ、福岡県公安委員会が道路標識によって最高速度を四〇キロメートル毎時と定めた北九州市小倉北区大門一丁目九番一六号若戸荘前付近道路において、右最高速度をこえる五三キロメートル毎時の速度で普通乗用自動車(北九州五五あ七〇〇〇号)を運転したものである。

(ロ) 同日午前九時三八分ころ、同区大門一丁目六番二号小倉労働会館前交差点道路において前記自動車を運転して右折するに際し、法令の定める合図をしなかったものである。

(ハ) 同日午前九時四二分ころ、同区城内一番一号北九州市役所前道路において、信号機の表示する赤色の信号に従わないで前記自動車を運転したものである。

(2) 逮捕に至る経緯

庄野巡査らが、前記(1)の(イ)の日時、場所で速度違反取締中、原告那須に対し、速度違反容疑で停車を求めたが同原告はこれに応ぜず、逆に反対方向に右折して逃げたので(前記(1)の(ロ))、庄野巡査と杉山巡査は、サイレンを鳴らしたパトロールカーで追跡し、途中から、停止を呼びかけた。

しかし、同原告は、赤信号を無視して(前記(1)の(ハ))逃走を続け、遂に小倉北区大手町の西南タクシー本社車庫にはいってから下車し、一番奥の便所のなかに、ドアにロックして、かくれていたので、出て来ないとドアを破ると警告したら、漸く出て来たので逮捕した。

(七) 原告畠山

(1) 被疑事実

昭和五一年二月六日午後二時五八分ころ、福岡県公安委員会が道路標識によって最高速度を四〇キロメートル毎時と定めた北九州市小倉北区三萩野二丁目一〇―一小倉球場横道路上において、右最高速度をこえる五一キロメートル毎時の速度で普通乗用自動車(北九州五五あ五四八二号)を運転したものである。

(2) 逮捕に至る経緯

満石部長らが、前記日時場所において、速度違反取締中、原告畠山に対し、前記速度違反の容疑で停車を求め白石巡査が、小倉球場内に誘導し、運転席側に近付いて窓に手をかけ「速度違反ですから、免許証を見せてください。」と言ったところ、同原告は「客が急いでいるから。」とだけ言って、いきなり車を発進させ、白石巡査が小走りに走り、引きずられたような格好になったので同原告はびっくりしたらしく、三、四メートルで停車した。

二〇メートル程離れたマイクロバスのなかで右の状況を見た満石部長は、同原告と白石巡査のところまで行った。そのときには、既に乗客の姿はなかった。満石部長は、その場で、白石巡査の報告を聞き白石巡査と共に「免許証を見せて下さい。下車して、警察官の説明を聞いて下さい。」などと、再三説得したが、同原告は無言で返事せず、ギヤーをいれて、アクセルを吹かせ、再び発進しようとしたので、満石部長が半開きになっている窓から手を車内に差し入れて、ドアのロックを外し、ドアをあけて、同原告を逮捕した。

3(一)(1) 請求原因3項(一)(1)(2)はいずれも否認する。

刑事訴訟法第二一三条は、現行犯であること以外に、逮捕の要件を何等制限していない。そのうえ、現行犯は捜査機関ばかりでなく、何人も逮捕することが出来ることとされている。したがって現行犯の逮捕には逮捕の必要性は要件でないと解するべきである。

仮に、逮捕の必要性が要件だとしても、本件では以下(2)に述べるとおり、必要性の要件を満たしており、本件各逮捕はいずれも適法である。

また、原告らの運転していたタクシーには乗務員証が設置されているが、右乗務員証なるものは、単なる私的な名札であって、将来身元を調査するうえにおいて、手がかりになる一資料に過ぎず、乗務員証を見たとしてもこれだけでは、被疑者を特定するに十分とはいえないから、逃走、証拠隠滅のおそれが解消したとは、到底断定できない。

また、道交法違反事件においては、免許証に記載してある過去一年内の免許の効力の停止処分をうけたことの有無の確認も、反則行為としての処理が可能か否かという、手続決定の前提事実として重要であり、道交法が一方では運転者に常に免許証の携帯を義務付け、一定の場合にはその提示義務を課していることは、交通違反事件の大量、迅速処理の要請から、免許証それ自体によって、本人の住所、氏名、免許の種類、処分歴を確認できるよう計っていると考えるべきであろう。

したがって、一定の道交法違反行為が現認され、免許証の提示を求められて、合理的な理由もなく事実上その提示を拒み、住所、氏名の確認すら出来ないまま徒らに時間を費やしたり、あるいは自分の車を発進させようとしたり、車の方へ立ち去ろうとした原告らの行為は、まさに逃亡のおそれ、証拠隠滅のおそれを具体化したものというべきである。

(2)(イ) 原告岩城について

篠原部長は、原告岩城から免許証の提示は受けたものの、その写真の対照はおろか、記載事項を見る余裕もないまま、同原告が車に乗り込んで立ち去ろうとしたので、逃走のおそれありと認めて逮捕したもので、何ら違法ではない。

(ロ) 原告李について

原告李は、マイクロバス内において、警察官から、長時間説得を受けながら、住所、氏名も名乗らず、免許証も提示しないので、警察官はその身元も確認できず、やむなく現行犯逮捕したものである。

なお、このような場合に、警察官が逃走又は証拠隠滅のおそれがあると認めたのは当然というべきである。

(ハ) 原告岩川について

庄野巡査は、初め派出所から、原告岩川を屋外に連れ出し、説得しているときに、「速度違反は認めなくてもいい。それは、原告の自由であるが、身元を明らかにしなければ、逮捕することになる。」という警告は予めあたえていたにもかかわらず、同原告は財布様のものを投げ出し、庄野巡査がさらに免許証を提示してくれと言ったのを無視し、派出所を立ち去ろうとしたため、逮捕したのであるから、警察官が、逃走又は証拠隠滅のおそれがあると認定したのは当然というべきである。

(ニ) 原告田籠について

原告田籠は、警察官から説得を受けながら、住所氏名も名乗らず、免許証も提示しないので、警察官において身元の確認ができず、やむなく逮捕したものであるから、このような場合に、警察官において逃走又は証拠隠滅のおそれがあると認めたのは当然というべきである。

(ホ) 原告那須について

原告那須は、警察官の指示に従わず逃走したのであるから、逮捕せざるをえないのは明白である。

(ヘ) 原告畠山について

原告畠山は、警察官に対して、「乗客を送ってから来る。」と言い、車のドアのロックを外さず、エンジンをかけて、アクセルをふみ、二度にわたって発進させようとしたのであるから、警察官において逃走又は証拠隠滅のおそれがあると認めたのは当然というべきである。

(ト) 以上のとおり、原告らは、警察官に対して、住所氏名を明らかにせず、運転免許証も提示しなかったり、更にはそのまま立ち去ろうとしたため、証拠隠滅のおそれ、逃走のおそれを理由として現行犯逮捕されたものであり、何ら逮捕の必要性を欠く違法な逮捕ではない。

(二) 請求原因3項(二)は否認する。

4  請求原因4項は、否認する。

原告らは、逮捕されても、身元確認ができれば、その場で、あるいは直ちに(逮捕当日に)身柄を釈放すべきであると主張するが、一旦逮捕した以上は、捜査手続のみならず、警察内部における手続も有り、かつ捜査としても正確に身元を確認する必要もあり、証拠隠滅されないだけの措置を講ずる必要性もある。これらの手続が逮捕当日にすべて完了することは、凡そ期待し難いことは、当然であり、原告らに対しても、逮捕後、逮捕手続書、現場見取図、差押調書、供述調書等の作成、前科・前歴、居住関係の照会等を行うなど、捜査手続及び警察内部手続を行うに必要な期間その身柄を拘束していたにすぎず、何ら職務を怠慢していたのではなく、違法な逮捕継続行為(留置)ではない。

5  請求原因5項は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1項(一)のうち、原告らがタクシー運転手であり、その業務中、道路交通法違反を理由として検挙され、福岡県警察所属の警察官により現行犯逮捕されたこと及び同項(二)のうち、被告が右警察官をその職員として雇用する普通地方公共団体であることは当事者間に争いがない。

二1  請求原因2項(一)ないし(六)のうち、当時及び現在の原告らの各勤務会社及び各被疑事実は当事者間に争いがない。

2  以下各原告について、逮捕から釈放に至るまでの経緯についてみることにする。

(一)  原告岩城について

右一及び二1に記載の争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、

(1) 福岡県小倉北警察署所属の篠原部長ら警察官約一〇名は昭和五一年一二月九日午後一時三〇分ころから、北九州市小倉北区末広二丁目三番三号博運社前の国道一九九号線において、三菱製レーダースピードメーター(以下「レーダー」という。)を用いて速度違反の取締に従事していたところ、同日午後二時五八分ころ、速度違反発生を知らせるブザーが鳴り、現認測定係の警察官より「紫苑タクシー、一五キロオーバー」等と連絡があったため、停止係の警察官がすぐ右タクシーを停車させ、左方道路へ誘導させて停車を求めた。

(2) 右タクシーを運転していた原告岩城は、右誘導に従ってタクシーを停車させたところ、篠原部長より速度違反である旨告げられ、免許証の提示を求められたため、これに応じて免許証を篠原部長に交付した。

(3) そこで篠原部長は、速度違反の記録紙の確認を求め、同原告に対して近くに停めてあったマイクロバスまでの同行を求めたところ、同原告はタクシーから下車したものの、「俺は速度何キロ出しとるとや、俺は速度なんか出す奴じゃない。」などと大声で怒鳴り散らすなどして記録紙の確認を拒否する態度をとったため、篠原部長は、他の二名の警察官とともに再三説得にあたったが、そのうち同原告は大声で右同様に怒鳴りながら一旦タクシーに乗ったもののすぐに降りてきて、「俺帰る。」と言いながら篠原部長が手に持っていた免許証を取ろうとしたが、篠原部長がとっさに手を引いたため取ることができなかった。そこで同原告は、「免許証なんかいらない。なんぼでも作る。」と言ってタクシーに乗り込み、エンジンをかけるような仕草をしたため、篠原部長らは、免許証に記載してある住所、氏名ともいまだに確認ができておらず、しかも逃走のおそれを強く感じて、同日午後三時過ぎころ、その場で、同原告を速度違反の被疑事実(当事者の主張二2(二)(1)記載のとおり。)で現行犯逮捕するに至った。

(4) 篠原部長らは、同原告を同日午後三時三〇分ころ小倉北警察署に引致し、その後、弁解録取書、現行犯人逮捕手続書、現場見取図、差押調書等各関係書類の作成にあたるとともに、同原告の居住関係を調査するため、右居住地を受持つ派出所に対して居住確認を依頼し、勤務会社にも連絡をとり、検察庁等に対して前科前歴照会等を行い、指紋採取や顔写真の撮影その他留置に伴う関係書類の作成にもあたった。

そして同日午後八時ころには同原告の氏名、住所は一応判明したが、各照会に対する回答は完備せず、また参考人である当時のタクシーの乗客の所在が判明していなかったことなどから、篠原部長らは、罪証隠滅及び逃走のおそれが消滅したものとは判断できず、同日午後九時ころから翌日午前八時ころにかけ、右乗客の所在捜査なども行う一方、翌日午前九時三〇分ころから正午ころまで同原告の取調を行い(この時同原告は被疑事実を認めている。)、その供述調書等一件書類を整えたうえで署長の決済を得て、逮捕翌日の午後一時ころ同原告を釈放した。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

(二)  原告李について

右一及び二1に記載の争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、

(1) 小倉北警察署所属の満石部長ら警察官約一〇名は、昭和五二年九月三〇日午後二時ころから、北九州市小倉北区霧ヶ丘三丁目一七番六号有満タイヤ前の国道一〇号線において、レーダーを用いて速度違反の取締に従事していたところ、同日午後二時四一分ころ、速度違反発生を知らせるブザーが鳴り、現認測定係の警察官より「合同タクシー、ナンバー、走行状態」の連絡があったため、停止係の警察官がすぐ右タクシーを停車させ、右タクシーの運転手原告李を記録係のいる近くのマイクロバスまで同行した。

(2) マイクロバスに入るや、同原告は大声で、「俺は何も認めん、住所も名前も言わん、説明も聞かん。」と叫び、速度違反である旨を告げてその測定方法等を説明しようとした警察官の説明を全く聞き入れない態度を示したため、満石部長も加わって同原告に対して、名前を明らかにして速度記録紙の確認をするよう求めたが、同原告は、「全然違反はしていない。」などと繰り返えし、免許証の提示を求められても、「家まで取りにこい。」などという始末でこれに応じず、住所氏名を明らかにするよう求める満石部長らとの間でしばらくやりとりが続いていたが、同原告がまったく応じないため、満石部長は、このまま放置すれば、免許証も提示せず、身元の確認もできないまま同原告が逃走し、罪証も隠滅されると考え、同原告を逮捕するのもやむなしと考え、同原告に対し、「逮捕するぞ。」と言ったところ、同原告がマイクロバスから出ていこうとしたため、満石部長らは、同原告の住所氏名が判明せず、その身元の確認ができなかったことから、罪証隠滅、逃亡のおそれを感じ、同日午後二時五〇分ころ、その場で、同原告を速度違反の被疑事実(当事者の主張二2(三)(1)記載のとおり。)で現行犯逮捕するに至った。

(3) 満石部長らが逮捕したのち、同原告は上衣のポケットから免許証を取り出し満石部長に交付した。その後同原告は、同日午後三時一五分ころ小倉北警察署に引致された。巡査部長西村正美らは、その後弁解録取書などの逮捕に関する必要な手続関係書類のほか、前科前歴の照会や免許の取得状況の調査、留置に伴う関係書類等の作成を行い、逮捕当日には時間的余裕のなかった身柄特定事項に関する同原告の取調を逮捕翌日の午前中に行い、それらの資料に基づき山口県警察に対し同原告の居住確認の照会を行った。そして同日午後三時ころ同原告の居住事実の確認が得られたため、同原告は、逮捕翌日の午後四時ころ釈放された。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

(三)  原告岩川について

右一及び二1に記載の争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、

(1) 前記篠原部長ら警察官約一〇名は、昭和五二年一一月四日午後七時ころから、北九州市小倉北区白銀一丁目三番八号白銀町西鉄バス停留所前の国道三号線において、レーダーを用いて速度違反の取締に従事していたところ、同日午後八時三五分ころ、速度違反発生を知らせるブザーが鳴り、現認測定係の警察官より「みどりタクシー、ナンバー」等の連絡を受けた停止係の警察官が原告岩川運転の右みどりタクシーを停車させ、記録係のいる近くの白銀派出所まで同行した。

(2) 右派出所内において、記録係の岩崎巡査が、速度違反である旨を告げて免許証の提示を求めるとともに、速度の測定方法等について説明したところ、同原告は、「免許証は見せない。違反はしていない。」と非常に興奮した態度を示したため、庄野巡査が、落ち着かせようと一旦同原告を派出所外に連れ出して、「住所氏名を明らかにして免許証を確認させてほしい。」旨なだめるように申し向けたが聞き入れなかったので、再度派出所内に入れ、岩崎巡査が、住所氏名の告知、免許証の提示、速度記録紙の確認をするように説得したが、同原告はこれに応じることなく、「勝手にせい。」と言いながら財布様のものを派出所内の机の上に投げ出して派出所から出ていこうとしたため、庄野巡査らは、同原告の氏名住所が判明せず、その身元の確認ができないうえに逃走のおそれを感じて、直ちにその場で、同原告を速度違反の被疑事実(当事者の主張二2(四)(1)記載のとおり。)で現行犯逮捕するに至った。

なお、その後判明したところによれば、右財布様のものの中に免許証が入っていたが、庄野巡査らはそのことを認識していなかった。

(3) 庄野巡査らは、同日午後九時ころ、同原告を小倉北警察署に引致し、当日から翌日にかけて、現行犯人逮捕手続書、差押調書等の作成や、前科前歴照会、同原告の取調を行うなど同原告の身元の確認につとめたが、逮捕の翌日までにはその確認が間に合わず、一件書類の整った逮捕の翌々日の正午ころ、署長の決済を得て同原告を釈放した。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(四)  原告田籠について

右一及び二1に記載の争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、

(1) 福岡県戸畑警察署所属の大塚警部補ら警察官約一〇名は、昭和五二年九月三〇日午前一〇時ころから、北九州市戸畑区夜宮三丁目九番前路上において、レーダーを用いて速度違反の取締に従事していたところ、同日午前一一時四二分ころ、速度違反発生を知らせるブザーが鳴り、現認測定係の警察官より「三和タクシー、一六キロオーバー、単独」との連絡があり、大塚警部補が原告田籠運転の右三和タクシーを停車させた。

(2) 取調係の川江巡査が、速度違反である旨を告げて速度記録紙の確認及び免許証の提示、住所氏名の告知を求めたところ、同原告はタクシーから降車したものの、無言で反対方向を向いてその場に立ったまま川江巡査の求めに応じようとしなかったため、しばらく説得を続けていた川江巡査は、同原告の態度が変わらないので、このまま放置すれば免許証も提示せず、身元の確認もできないまま逃走してしまうと考え、現行犯逮捕の意思を固めて大塚警部補の了解を求めたところ、同人もこれを承諾したので、同日午前一一時四五分ころ、その場で、同原告を速度違反の被疑事実(当事者の主張二2(五)(1)記載のとおり。)で現行犯逮捕するに至った。

(3) その直後同原告は、大塚警部補に対して免許証を提示したが、同日午後零時五分ころ、戸畑警察署に引致された。

その後大塚警部補らは、現行犯人逮捕手続書、差押調書等各関係書類の作成、前科照会、身上調査等身元確認のための資料を収集し、署長の決済を得て、同日午後六時三〇分ころ同原告を釈放した。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

(五)  原告那須について

右一及び二1に記載の争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、

(1) 小倉北警察署所属の庄野巡査ら警察官約一〇名は、昭和五二年六月六日午前九時ころから、北九州市小倉北区大門一丁目九番一六号若戸荘前路上において、レーダーを用いて速度違反の取締に従事していたところ、同日午前九時三六分ころ、速度違反発生を知らせるブザーが鳴り、現認測定係の警察官より「三和タクシー、ナンバー、右側単独」との連絡を受けた停止係の警察官二名が、右路上に出て右三和タクシーを停車させようとしたが、右タクシーを運転していた原告那須は、警察官の停車の指示に従わず、そのまま直進し、同日午前九時三八分ころ、同区大門一丁目六番二号小倉労働会館前交差点を、右折合図をしないで右折した。

(2) これを見た庄野巡査と杉山巡査は、直ちにパトロールカーに乗車し、サイレンを鳴らして追跡し、マイクで停車するよう呼びかけたが、同原告はこれを聞き入れずに逃走を続け、同日午前九時四二分ころ、同区城内一番一号北九州市役所前交差点において、赤色信号を無視して同交差点を横切り、その後同区大手町所在の西南タクシー本社車庫にタクシーを乗り入れ、同社従業員に対して、「悪者に追われているのでかくまってくれ。」と申し向けて同社トイレに逃げ込んだが、追跡してきた庄野巡査らに「ドアを壊しても入る。」と警告され、しぶしぶ出てきたところ、同日午前一〇時ころ、その場で右庄野巡査らに速度違反、右折合図不履行、信号無視の被疑事実(当事者の主張二2(六)(1)記載のとおり。)で現行犯逮捕されるに至った。

(3) 庄野巡査らは、直ちに同原告を小倉北警察署に引致し、現行犯人逮捕手続書、差押調書、前科前歴照会等関係書類を作成するとともに、同日午後から同原告の取調を行ったところ、右折違反の被疑事実については合図をした旨否認し、西南タクシー本社トイレに入ったのは用便のためであって、逃走した訳ではない旨弁解をしたので、これらの弁解等について西南タクシーの関係者等の供述を録取する必要が生じ、その関係書類のほか身元確認の資料をも収集し、署長の決済を得た逮捕翌日の正午ころ、同原告を釈放した。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(六)  原告畠山について

右一及び二1に記載の争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、

(1) 小倉北警察署所属の満石部長ら警察官約一〇名は、昭和五一年二月六日午後一時半ころから、北九州市小倉北区三萩野二丁目一〇―一小倉球場横路上において、レーダーを用いて速度違反の取締に従事していたところ、同日午後二時五八分ころ、速度違反発生を知らせるブザーが鳴り、現認測定係の警察官より「三和タクシー、ナンバー、走行状態」の連絡を受けた停止係の白石巡査が、右三和タクシーの停車を求め、小倉球場駐車場内に誘導して停車させた。

(2) 白石巡査は、右タクシーの運転手原告畠山に対し、速度違反である旨を告げて免許証を持って速度記録紙の確認にくるように求めたところ、同原告は、「客が急いでいるから。」と言っていきなりタクシーを発車させたが、白石巡査が窓枠に手をかけてひきずられながらも停車を求めたため、三、四メートル進んだだけで停車した。

(3) その後も白石巡査は前同様の文言を繰り返えしてタクシーに乗車したままの同原告を説得していたが、そのうち満石部長もこれに加わり、白石巡査同様免許証の提示、速度記録紙の確認を求め、また住所氏名を明らかにするようにも求めたが、同原告はこれに応じず、無言のままタクシーのギアを入れて発進するような仕草をしたため、満石部長らは逃走のおそれを感じ、直ちに運転席のドアをあけ、同日午後三時ころ、速度違反の被疑事実(当事者の主張二2(七)(1)記載のとおり。)で同原告を現行犯逮捕するに至った。

(4) 満石部長らは、直ちに同原告を小倉北警察署に引致し、弁解録取書、現行犯人逮捕手続書、差押調書、現場見取図等関係書類を作成する一方、満石部長において三和タクシーの会社に同原告の在籍確認の電話をしたところ、該当者がいない旨の返答を受けたため、同原告の身元調査を特に念入りに行う必要を感じ、前科前歴照会のほか、指名手配の有無の照会、本籍地及び住所地への照会等が行われた。

そしてこれらの各回答結果が寄せられたのは逮捕翌日であり、また三和タクシーの会社からも同原告が稼働している旨の連絡がなされたことから、同原告は、逮捕翌日の正午ころ釈放された。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

三1  そこでまず現行犯逮捕において「逮補の必要性(罪証隠滅又は逃亡のおそれ)」が要件であるか否かについて検討を加えるに、現行刑事訴訟法及び同規則には、被告の主張するとおり、逮捕の必要性を現行犯逮捕の要件とする旨の直接の規定は存しないのであるが、現行犯逮捕も人の身体の自由を拘束する強制処分であって、憲法の保障する令状主義の例外である以上、その要件はできる限り厳格に解すべきであるところ、軽微な事件の現行犯逮捕においては、罪証隠滅のおそれがあるだけでは逮捕できず、住居若しくは氏名が不明か、逃亡のおそれのある場合でなければ逮捕できない旨規定されていること(刑事訴訟法二一七条)、通常逮捕や緊急逮捕においては逮捕の必要性が逮捕状発付の要件とされていること(刑事訴訟規則一四三条の三)などを考え合わせると、軽微でない、一般事件の現行犯逮捕においても通常逮捕等の場合と別異に解すべき理由はなく、逮捕の必要性をその要件とすると解するのが相当である。

2  もっとも現行犯の場合は、犯人の氏名住居等身柄特定事項が明らかでない場合がほとんどであるから、逮捕者が現行犯人を発見したときに直ちにこれを逮捕しなければ、犯人の所在が不明となったりして逃亡又は罪証隠滅のおそれがあり、将来の刑事訴追が著しく困難になること、いいかえれば現行犯では、逮捕の必要性がその性質上強く推認されることが多いと考えられるが、他方身元関係が判明していて逃亡のおそれがなく、罪証隠滅の余地も乏しいなど明らかに逮捕の必要性がないと認められる場合もないとはいえず、このような場合には逮捕が許されないというべきである。

3  そしてこの理は、本件のような交通刑事事件においても原則として妥当すると解すべきことはいうまでもない。

もっとも交通事件においては、同種事犯を大量かつ適正迅速に処理する必要があり、交通事犯の発生状況、その取締状況及び現場での取調の現況などその特殊性のほか、道路交通法においては運転者に対して運転免許証の携帯及び一定の場合の提示義務を課していることをも併わせ考えると、交通事件では、まず運転免許証によって運転者の氏名、住所、処分歴等その身柄特定事項を確認するのが原則であると解せられるので、交通違反の現場において、取調の警察官から免許証の提示を求められたのに対して、特段の理由(不携帯など)もなく、免許証の提示を拒み、また氏名住所を告げるのを拒否するなど、違反者の身元関係が判然としない場合には、当該警察官において、このまま放置すれば逃亡又は罪証隠滅のおそれがあるものと感受するのもやむをえないというべきである。

原告らは、各原告の乗車していたタクシーに表示してある会社名や、タクシー内に設置されてある乗務員証により、原告らの氏名、職業、勤務先等は容易に判明するのであるから、たとえ免許証の提示や氏名の告知を怠ったとしても逃走のおそれは認められない旨主張するが、証拠略により明らかなように、右乗務員証には氏名及び顔写真のほか運転免許証の有効期限が表示されているだけで、住所は勿論免許証の番号さえ記載されていないのであるから、右乗務員証の記載のみでは身柄の特定が十分なされているとは到底いえず、身柄特定のため右乗務員証等の記載に基づいてしかるべき照会をなすなど、違反者の住居や処分歴等の確認手続をとることを交通違反の現場において取調をなす警察官に要求することは、前記交通事件の特殊性に照らして過大な要求をなすことになり、到底右見解には左袒できない。

四  そこで各原告らに対する現行犯逮捕にあたって逮捕の必要性が存したか否かについて検討する。

1  原告岩城について

前記認定事実(二2(一))によると、篠原部長らが原告岩城を逮捕するに至ったのは、同原告から免許証の交付を受けたものの、その記載事項、とりわけ違反者の氏各住所等その身元を特定するに足る事項の確認ができていないにもかかわらず、同原告が速度記録紙の確認を拒否し、一旦交付した免許証を取り戻そうとしたうえ、タクシーに乗車してエンジンをかけるような仕草をしたために逃走するおそれを強く感じたためであって、右のような状況のもとでは篠原部長らの右判断は相当として是認することができる。

してみると、原告岩城に対する現行犯逮捕には逮捕の必要性を認めることができるといわざるをえない。

2  原告李について

前記認定事実(二2(二))によると、原告李は、満石部長ら警察官の再三にわたる説得に応じず、特段の理由もないのに免許証の提示は勿論氏名住所さえ明らかにすることなく、警察官の取調も拒否する態度を示したうえに、マイクロバスから出ていこうとしたのであるから、満石部長らにおいて、このまま放置すれば同原告の氏名住所等身元を特定するに足りる事項が不分明になるばかりでなく、その場から逃走し罪証隠滅のおそれも存在すると感じたとしても当然のことというべきであって、右原告李に対する現行犯逮捕には逮捕の必要性が存したと解するのが相当である。

3  原告岩川について

前記認定事実(二2(三))によると、原告岩川は、岩崎巡査や庄野巡査の再三の説得に応じず、特段の理由もないのに免許証の提示はもとより氏名住所さえ明らかにすることなく、警察官の取調を拒否する態度を示したうえ、派出所から立ち去ろうとしたのであるから、投げ出されたものの中に免許証が入っていたことを認識していなかった庄野巡査らにおいて、このまま放置すれば同原告の氏名住所等身元を特定するに足りる事項が不分明になるばかりか、その場から逃走するものと考えたとしても当然のことというべきであり、右原告岩川に対する現行犯逮捕にも逮捕の必要性が存したものというべきである。

4  原告田籠について

前記認定事実(二2(四))によると、原告田籠は、川江巡査から再三免許証の提示を求められたのに特段の理由なくこれに応じず、氏名住所の明示さえしなかったのであるから、川江巡査において、このまま放置すれば同原告の身元関係も判然とせず、逃亡や罪証隠滅のおそれがあるものと感じたとしてもやむをえないというべきであり、右原告田籠に対する現行犯逮捕にも逮捕の必要性が認められるものといわざるをえない。

5  原告那須について

前記認定事実(二2(五))によると、原告那須は、速度違反の容疑で停車を求めた警察官の指示を振り切って逃走を図ったことは明白であり、同原告に対する現行犯逮捕にその必要性の存したことはいうまでもない。

6  原告畠山について

前記認定事実(二2(六))によると、満石部長らが原告畠山を逮捕するに至ったのは、同原告が免許証を提示せず、氏名住所も明らかにしないで身元特定事項の確認ができていないにもかかわらず、二度にわたってタクシーを発進させようとしたために、逃走のおそれを強く感じて逮捕したものであって、右状況のもとでは満石部長らの右判断は相当として是認しうるというべきである。

したがって右現行犯逮捕にはその必要性の存したことは明らかである。

7  以上のとおり、各原告らに対する現行犯逮捕においてはいずれも逮捕の必要性が存しており、適法な逮捕といわざるをえず、これを違法な逮捕であるとは到底認められない。

五  原告らは、原告らに対する本件各逮捕はいずれも正当な目的を欠き、原告らの態度に対する懲罰、威嚇のためになされた職権濫用行為である旨主張するが、原告らに対する本件各逮捕がいずれも適法になされたことは前示認定と説示のとおりであって、右認定の事実関係に徴すれば、本件各逮捕が懲罰や威嚇を目的としてなされたものとは認められず、《証拠省略》中前掲説示において措信しないこととした部分以外には原告らの右主張を認めるに足りる証拠は存しないのである。

六  原告らは、原告ら(原告田籠を除く。)に対する本件各逮捕後の留置(逮捕継続行為)が違法であって不法行為を構成する旨主張するので検討するに、現行犯逮捕に準用される刑事訴訟法二〇三条によると、逮捕された被疑者の引致を受けた司法警察員は、弁解の機会を与えたうえ、留置の必要がないと思料するときは直ちに被疑者を釈放し、留置の必要があると思料するときには、逮捕から四八時間以内に検察官にその身柄を送致すべきであるが、その時間内に送致の手続をしないときには直ちに被疑者を釈放しなければならないとされている。

したがって、引致直後においては留置の必要が認められた被疑者についても、その後の捜査、取調等によりその必要がなくなった場合には、その段階で直ちに釈放すべきことは当然であり、その後も慢然と身柄の留置を継続することは違法性を帯びるものといわざるをえない。

そして右にいう「留置の必要」とは、逮捕の場合と同様、罪証隠滅又は逃亡を防止する必要をいうものと解されるところ、逮捕後においては、逮捕前の交通違反現場での取調時とは異なり、単に被疑者の氏名住所等が判明しただけで直ちに留置の必要が消滅したとは解しがたく、被疑者の供述内容及び供述態度のほか、その家族関係、勤務状態、資産状況、前科前歴等、より広範な資料を総合して留置の必要性の有無(特に無いこと)を判断すべきものと解するのが相当である。

ただ、本件各逮捕の被疑事実は、いずれも速度違反等であって、道路交通法の規定する反則行為に関する特例制度の適用を受けることも可能であり、逮捕によって原告らの受ける経済的損失等も大きいことなどにも鑑みると、右にいう留置の必要性の有無に関する資料収集の捜査、取調はできる限り迅速に行われるべきであり、かかる手続を行わないで放置しておくことが許されないことはいうをまたないが、逮捕及び留置手続に伴う警察内部の事務処理上必要とされる各種手続やその関係書類等の作成に通常必要とされる時間のほか、右に述べた各種資料の収集に必要な捜査時間内は留置されるのもやむをえないといわざるをえない。

七  そこで右見解に従って、各原告(原告田籠を除く。)に対する留置が違法であるか否かについてみることにする。

1  原告岩城について

前記認定事実(二2(一))によると、原告岩城が引致されたのは逮捕当日の午後三時三〇分ころであるが、その後の派出所を通じての居住事実の確認などの結果、同日午後八時ころには同原告の氏名、住所は一応判明したのであるが、篠原部長らは、他の必要関係書類が整わず、また同原告の供述内容から参考人たる乗客の供述も得る必要を感じていたため、いまだ罪証隠滅及び逃亡のおそれが消滅したものとは判断できず、当日から逮捕翌日午前中にかけてこれらの補充捜査を行うなどして、一件書類の完備したのちに署長の決済を得て同原告を釈放したものであって、当時の捜査の経緯、状況、内容、同原告の逮捕時及びその後の供述態度なども併わせ考えると、篠原部長らの留置の必要があるとした逮捕当日午後八時ころの前記判断はやむをえないものと考えられ、その後の捜査状況も斟酌すると、原告岩城の逮捕翌日までの留置が、その必要性を欠くまま慢然となされた違法なものとは認められないというべきである。

2  原告李について

前記認定事実(二2(二))によると、原告李が引致されたのは逮捕当日の午後三時一五分ころで、釈放されたのは翌日の午後四時ころであるが、その間西村部長らは、逮捕及び留置に伴う関係書類の作成のほか、前科前歴照会や身柄特定事項に関する同原告の取調、住所地を管轄する山口県警察に対する居住事実の確認照会を行うなど、留置の必要性を判断する各種資料の収集にあたっていたことが認められるのであって、身元確認手続をとらずに慢然と放置していた訳ではないのであるから、原告李に対する逮捕翌日までの留置は、警察官の職務怠慢によるものということはできず、留置の必要性の認められる、やむをえないものであったというべきである。

3  原告岩川について

前記認定事実(二2(三))によると、原告岩川が引致されたのは逮捕当日の午後九時ころで、釈放されたのは翌々日の正午ころであるが、逮捕当日から翌日にかけ、庄野巡査らは、逮捕関係書類等の作成のほか、前科前歴照会や同原告の取調を行うなど同原告の身元の確認につとめたが、翌日中にはその確認ができず、結局その確認のできたのは逮捕翌々日であったことが認められ、その間警察官において身元の確認手続をとらずに放置していた訳ではないのであるから、原告岩川に対する逮捕翌々日までの留置は、警察官の職務怠慢によるものとはいえず、その必要性の認められるやむをえないものであったというべきである。

4  原告那須について

前記認定事実(二2(五))によると、原告那須が引致されたのは逮捕当日の午前中であるが、当日午後の取調において、同原告が、右折違反の被疑事実については合図をした旨否認し、西南タクシー本社トイレに入ったのは逃走した訳ではなく用便のためである旨弁解するに至ったため、警察官において右弁解等の裏付をとる必要が生じ、これらの補充捜査とともに身元確認の資料収集のために翌日正午ころまで同原告を留置したことが認められるのであって、その間何ら身元確認手続を行わずに放置していた訳ではないのであるから、原告那須に対する逮捕翌日までの身柄の留置は、警察官の職務怠慢によるものとはいえず、その必要性の認められるやむをえないものであったというべきである。

5  原告畠山について

前記認定事実(二2(六))によると、満石部長が原告畠山を引致したのちまもなく、勤務先である三和タクシーに同原告が在籍しているか否かの確認をしたところ、該当する運転手がいない旨返答がなされた結果、同原告の身元調査を特に慎重に行う必要が生じ、前科前歴、指名手配の有無、本籍地、住所地への各照会などを行い、それらの回答結果が得られて同原告の身元確認がなされるまでの間、同原告を留置していたことが認められるのであって、その間身元確認手続を行わずに放置していた訳ではないのであるから、原告畠山に対する逮捕翌日までの留置は、警察官の職務怠慢によるものとはいえず、その必要性の認められるやむをえないものであったというべきである。

6  以上のとおり各原告(原告田籠を除く。)に対する逮捕後の留置(逮捕継続行為)は、いずれもその必要性の認められるやむをえない適法行為であって、原告らの主張する如き不法行為であるとは到底認められないといわざるをえない。

八  結論

以上説示したとおり、各原告に対する本件逮捕行為及びその後の逮捕継続行為(留置)とも適法なものであり、違法行為とは到底認められないので、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本訴請求はいずれも失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 日高乙彦 裁判官 久保眞人 中村隆次)

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